娘が巣立ち、母を亡くした頃、私の生活は大きく変わりました。
それまでは、仕事をしながら母を介護し、家族のことを考え、その時その時を一生懸命に生きることで精一杯でした。
「これから私は、何をして生きていこう?」
「私は、本当は何がしたいんだろう?」
そんなことを考える余裕もありませんでした。
振り返ってみると、それまでの私の人生には、「私はどうしたい?」という問いそのものがなかったように思います。
それが、娘が巣立ち、母が亡くなったことで、「母親としての自分」と「娘としての自分」という二つの役割が、一度になくなったように感じられたのです。
その後、いくつかの仕事に就きました。やりたいと思っていた仕事もありました。でも、心や体がついていかず、続けることができませんでした。
以前なら我慢できていたことが、我慢できなくなっていました。
「嫌なものは嫌」
そんな自分の気持ちが、以前よりはっきり現れるようになったのです。
今思えば、我慢ができなくなったのではなく、それまで自分の気持ちを抑え、我慢することに慣れすぎていたのかもしれません。
そんなとき、以前に話を聞いた、この学びの場を思い出しました。
初めて話を聞いたときから、心の奥ではずっと、
「行きたい。ここに行ってみたい」
と思っていました。
学び始めて気づいたのは、私がずっと、自分の気持ちより周りの人のことを優先して生きてきたということでした。
人とぶつからないように。
嫌われないように。
波風を立てないように。
いつも相手の顔色を見て、「今、何を求められているんだろう」「相手はどう思うだろう」と考えていました。
誰かの機嫌が悪くなると、「私が何かしたのかな」と不安になり、相手の機嫌を直すことまで、自分の役割にしていました。
相手に合わせる。
相手を立てる。
自分が我慢すればいい。
そうすることで、嫌われないように、傷つかないように、自分を守っていたのだと思います。
人と会うといつもクタクタになっていたのも、体質のせいではありませんでした。自分の気持ちより相手を優先し、相手の問題まで背負っていたからだったのです。
一番大きく変わったのは、
「私は、本当はどうしたい?」
と、自分に問いかけるようになったことです。
誰かの問題を「私が何とかしなければ」と背負うのではなく、「これはその人の問題なのか、私の問題なのか」と考えられるようになりました。
誰かの機嫌が悪くても、必ずしも私のせいではない。
相手の機嫌を直すことまで、私の役割にしなくていい。
人と違う意見を持ってもいい。
嫌なことは「嫌」と言っていい。
無理なことは「できない」と言っていい。
相手より一歩下にいるのではなく、対等でいていい。
今も、人の顔色を気にしてしまうことはあります。「私が悪かったのかな」と思うこともあります。
でも以前と違うのは、
「今、私はまた人のことを気にしている」
と、気づけるようになったことです。
気づくことで、少しずつ、自分のところへ戻ってこられるようになりました。
今は、「自分の人生を自分で選んでいきたい」というよりも、
「自分の中にいる自分の声に、もっと耳を傾けていきたい」
と感じています。
誰かに認めてもらうためでも、誰かに嫌われないためでもなく、自分自身が「私はこれでいい」と思える人生を生きていきたい。
そして、自分一人では気づけなかったことに、仲間との出会いや対話の中で気づくことができました。
一緒に学び、笑い、悩み、支えてくれる仲間に出会えたことを、心からありがたく思っています。